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東京高等裁判所 平成4年(ネ)4145号 判決

控訴人 石川由之介

右訴訟代理人弁護士 用松哲夫

佐藤克也

被控訴人 伹馬信用保証株式会社

右代表者代表取締役 伹馬剛

被控訴人 日本ハウジングローン株式会社

右代表者代表取締役 會田稜三

右両名訴訟代理人弁護士 新井旦幸

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人伹馬信用保証株式会社は、控訴人に対し、別紙物件目録≪省略≫記載の不動産につき、別紙登記目録≪省略≫記載(一)の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

三  被控訴人日本ハウジングローン株式会社は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の不動産につき、別紙登記目録記載(一)の根抵当権設定登記及び同登記目録記載(二)の根抵当権一部移転登記の各抹消登記手続をせよ。

四  控訴人の被控訴人伹馬信用保証株式会社に対する別紙債務目録≪省略≫記載の連帯保証債務の存在しないことを確認する。

五  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一申立て

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  同三枚目裏七行目の次に改行のうえ次のとおり付加する。

「6 仮に、本件各契約の締結につき控訴人に錯誤があったとしても、控訴人には重大な過失がある。」

2  同四枚目表二行目の「借入金」の次に「一五〇〇万円」を付加し、同裏四行目の「一一日」の次に「到達の書面で」を、同九行目の「締結し」の次に、「かつ本件承諾をし」を各付加する。

第三当裁判所の判断

一  本件連帯保証契約、本件根抵当権設定契約及び本件承諾に至る経緯は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「第三 争点に対する判断」の一に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五枚目表二行目の「九」を「四ないし九」と、同三行目の「3、8、12」を「2ないし13」と、同四行目の「原告本人」を「同石川隆雄、同広瀬武彦、控訴人本人(原審及び当審)」と各訂正し、同裏六行目の「ため」の次に「五〇〇万円の」を、同八行目の「低利」の次に「(八パーセント)」を、同一〇行目の「肩代わり」の次に「分、諸雑費を含めて二二〇〇万円の融資」を各付加する。

2  同六枚目表二行目から同七枚目表七行目までを次のとおり訂正する。

「控訴人は、同月一七日、渡辺の申入れにより担保提供する予定の本件不動産を案内したところ、隆雄は、渡辺から事業資金を急ぐのならば、控訴人の印鑑証明書等を事前に渡して貰えれば手続が終わらなくてもとりあえず五〇〇万円を用立てると言われたので、同日渡辺に控訴人の印鑑証明書等を交付し、同月一九日渡辺から五〇〇万円を受け取り、壮和宛に二二〇〇万円の内金五〇〇万円の領収書を発行するとともにその旨を控訴人に報告した。

4 被控訴人伹馬信用は、同月一八日、日本住宅リース株式会社の柴崎勝から、渡辺に対して控訴人所有の本件不動産を担保に一億円の融資をしてやってほしいと要請され、同月二〇日同被控訴人本社の調査部が本件不動産を調査した結果、極度額一億四〇〇〇万円の根抵当権を本件不動産に設定することを条件に一億円を融資することを承諾した。しかし、被控訴人伹馬信用は、事前に全く面識のない渡辺の信用調査をせず、控訴人の保証意思の確認もしなかった。

5 控訴人は、同月二五日、渡辺から登記の書類を作成したいので印鑑をもって壮和の事務所に来て欲しいと言われた。渡辺は、隆雄の同行を断り、控訴人を杉並区方南町の壮和の事務所に連れて行った。控訴人は、同日午前一一時ころ、右事務所で小野寺清光、柴崎勝らに会い、右小野寺から渡辺の被控訴人伹馬信用に対する不動産担保ローン借入申込書(≪証拠省略≫)、渡辺が被控訴人伹馬信用から借り入れ、控訴人が渡辺の連帯保証人兼担保提供者になる旨の金銭消費貸借約定書(≪証拠省略≫)、債務者を渡辺、根抵当権設定者を控訴人とする被控訴人伹馬信用に対する根抵当権設定契約証書(≪証拠省略≫)、被控訴人日本ハウジングに対する根抵当権一部譲渡契約証書(≪証拠省略≫)、登記申請のための委任状など一束に重ねられた多数の書類を示され、小野寺に指示されるまま上から順に次々に署名させられた。その後、小野寺は、右各書類の控訴人の名下に事前に預かっていた控訴人の印鑑を押捺した。控訴人は、右契約の際初めて小野寺にあったが、同人が被控訴人伹馬信用の社員であるとの紹介もなく、同人を壮和の社員であると考えていたし、クリスティーが壮和から二二〇〇万円を借用するにつき、連帯保証と担保提供を依頼されたにすぎない控訴人は、当然にそのための書類を作成するものと思い込み、かつ八〇歳という年令も影響し、初めての場所で指示されるまま、内容を一々確認せずに多数の書類に次々と署名させられた。小野寺としては、担保提供者である控訴人の保証意思の確認を十分に行う必要があるにもかかわらず、関係書類の説明もせず、ことさら署名を急がせた。控訴人は、これによりクリスティーの壮和からの二二〇〇万円の借受金債務について連帯保証し、かつ本件不動産に抵当権が設定されると考えていたが、渡辺の被控訴人伹馬信用からの一億円の借受金債務について連帯保証し、かつ、極度額一億四〇〇〇万円の本件根抵当権を設定するとは認識していなかった。控訴人は、書類に署名した後自宅に帰ったが、契約書の写しを小野寺から交付されなかったため、契約内容を確認することができなかった。」

3  同七枚目裏二行目の「原告に対し」から同三行目の「本件の」までを「電話口に出た控訴人に対し、控訴人の住所、生年月日を確かめ、」と、同五行目の「小野寺」から同七行目の「委任状等による」までを「同日、」と各訂正する。

4  同八枚目表二行目の「本件」から同四行目の末尾までを「同日夕方、壮和の社員である稲葉を通じて、利益を引いた残金として一四〇万円を隆雄の妻に交付し、さらに、本件不動産の権利証(≪証拠省略≫)を同月中旬ころ控訴人に返還したが、右権利証には本件各登記について登記済の押印がなされている。隆雄は、同月五日ころ渡辺に対し、同人との金銭消費貸借契約書を送付するように督促したが、同人と連絡をとることができなかった。」と訂正し、同六行目の末尾に「控訴人は、平成三年五月二二日、被控訴人伹馬信用の業務部次長勝又淳二から本件債務の督促を受けた隆雄を通じて、本件不動産に本件根抵当権が設定されているのを初めて知った。同月二九日隆雄は、同被控訴人から前記金銭消費貸借約定書、根抵当権設定契約証書の写しの交付を受けた。」を付加する。

二  右認定事実によれば、次のとおり認めることができる。

1  請求原因事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約の成立について

前認定のとおり、控訴人は、平成二年九月二五日、金銭消費貸借約定書(≪証拠省略≫)の連帯保証人兼担保提供者欄及び根抵当権設定契約証書(≪証拠省略≫)の根抵当権設定者欄にそれぞれ署名しているのであるから、右各契約書はいずれも真正に成立したものと推定されるので、これらに表示されているとおり控訴人と被控訴人伹馬信用との間には本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約が成立したものと一応認められる。

3  錯誤無効について

前認定のとおり。渡辺は被控訴人伹馬信用から借り受けた一億円のうち約七八〇〇万円を利得したが、本件債務を一切弁済せずに所在をくらましていること、控訴人が知り合って間がなく、格別信頼関係もない渡辺のために、同人の被控訴人伹馬信用からの一億円の借受金債務につき連帯保証したり、本件不動産に極度額一億四〇〇〇万円もの根抵当権を設定しなければならない合理的理由は認め難いこと、控訴人は被控訴人伹馬信用との金銭消費貸借約定書及び根抵当権設定契約証書に署名した際、被控訴人伹馬信用の担当者から契約内容を説明されず、かつ保証意思の確認も求められなかったので、クリスティーの壮和からの二二〇〇万円の借受金債務を連帯保証するとともに、右債務の担保として本件不動産に抵当権を設定するつもりであったこと等に鑑みると、控訴人は、渡辺の詐欺より、クリスティーの壮和からの二二〇〇万円の借受金債務を連帯保証する意思で被控訴人伹馬信用との金銭消費貸借約定書に署名して本件連帯保証契約を締結し、また右借受金債務を担保する抵当権を設定する意思で同じく根抵当権設定契約証書に署名して本件根抵当権設定契約を締結したものであって、渡辺の被控訴人伹馬信用からの一億円の借受金債務を連帯保証するという内心の意思も、右債務を担保するために極度額一億四〇〇〇万円の本件根抵当権を設定するという内心の意思もなかったといわなければならない。

なお、天野司法書士の事務員広瀬は、平成二年一〇月二日、控訴人に対し、根抵当権設定登記申請の意思の確認のため電話をしているが、広瀬は、司法書士の単なる補助者にすぎず、何ら権限がないばかりか、複雑な本件各登記の内容を出先からの電話で短時間内に確認することは極めて困難であり、また控訴人はクリスティーのため壮和に対し二二〇〇万円の根抵当権を設定するものと思い込んでいたことに鑑みると、控訴人が本件根抵当権設定登記申請の内容を理解していたとはいえず、司法書士による控訴人の本件根抵当権設定登記申請の意思確認は極めて不十分であり、右確認電話の一事により、右認定は左右されない。したがって、控訴人の本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約締結の意思表示には人(債権者)及び内容(保証債務額及び極度額)に関する錯誤があり、かつ右錯誤は意思表示の重要な部分の錯誤、即ち要素の錯誤であるから、右各意思表示は民法九五条により無効である。そうすると、本件承諾も無効となる。

なお、被控訴人らは、本件各契約の締結につき控訴人に錯誤があったとしても、控訴人には重大な過失がある旨主張する。

しかしながら、不動産担保ローンの取扱業者は、不動産担保ローンが専ら不動産の物的な担保力をあてに融資を実行する貸付方法であるとされていても、本件のように、債務者でない第三者が担保を提供する場合には当然トラブルが予想されるので、保証意思の確認を確実に行うべきであるところ、前認定のとおり、被控訴人伹馬信用の担当者は本件各契約の締結に際し、関係書類を一束に重ねたうえ八〇歳の老人である控訴人に何ら説明せずに上の書類から次々に署名させており、かかる状況下において、控訴人の本件各契約締結の意思表示に錯誤があったとしても、控訴人に重大な過失があったとは到底いえない。また、平成二年一〇月二日に司法書士事務所の事務員から控訴人に対する根抵当権設定登記申請の意思の確認電話の事実も前記のとおり右認定を左右するものではない。その他、控訴人が錯誤に基づく意思表示をするにつき、重大な過失があったことを認めるに足りる的確な証拠はない。

4  結語

したがって、控訴人の本件連帯保証契約及び本件根抵当権設定契約締結の意思表示は、民法九五条の錯誤により無効であり、ひいては本件承諾も無効となるから、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がある。

第四結論

よって、原判決は相当でないからこれを取り消し、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 大谷正治 滝澤雄次)

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